ワニの涙とは?改善させる事は出来るのか?症状を軽くするには?
顔面神経麻痺のあとに起きる通称「ワニの涙」は、食事や味・においの刺激がきっかけで、麻痺した側の目だけ(多くは片側)に勝手に涙が出てしまう後遺症です。医学的には「crocodile tears syndrome(ワニの涙症候群)」や「gustatory lacrimation(味覚刺激による流涙)」などと呼ばれ、顔面神経が傷ついたあとに起こる“配線ミス”が中心の仕組みだと考えられています。
まず、なぜそんなことが起きるのかを、できるだけ噛み砕いて説明します。顔面神経は、顔の筋肉を動かす運動線維だけではなく、自律神経(副交感神経)の線維も一緒に通っています。この副交感神経は、本来は「食べると唾液を出す」「目を潤すために涙を出す」といった働きを、別々の行き先(唾液腺・涙腺)に分けて担当しています。ところが顔面神経麻痺で神経がダメージを受け、回復の過程で神経が伸び直すときに、一部の線維が“本来の目的地”を間違えて涙腺側へ迷い込むことがあります。すると「食事の合図=唾液を出せ」の信号が、「涙を出せ」に化けてしまい、食べるたびに涙が出る、という現象が起こります。これが「異常再生(aberrant regeneration)」という考え方で、ワニの涙の代表的な説明です
出現時期も、この“伸び直し”と整合します。顔面神経麻痺の直後ではなく、回復期~後遺症が固まってくる時期に目立ち始めることが多く、重い神経変性があったBell麻痺やHunt症候群などでは、発症後半年~1年あたりで後遺症としてワニの涙が問題になり得る、という整理がされています。
症状の出方には、いくつか典型があります。食事を始めた瞬間や、噛む・味を感じる・香りを嗅ぐだけで、麻痺側の目がじわじわ、または急に涙であふれる。感情の涙(悲しい・うれしい)と違って、「食べ物刺激とワンセット」で起きるのが特徴です。片側だけのことが多い一方、顔面神経麻痺の後遺症としてよくある共同運動(口を動かすと目が閉じる、など)と一緒に出る場合もあり、「回復したはずなのに変な連動が残った」という流れの中で気づかれます。
ここで重要なのは、「涙が多い=目が潤っている」とは限らない点です。顔面神経麻痺では瞬きが弱くなったり、まぶたが閉じ切らないことで乾きやすくなり、乾燥への反射で涙が増えることもあります。つまり、食事のときだけ増える“ワニの涙”と、乾燥や炎症による“反射性の涙”が混ざって見えることがあります。対処を誤らないために、医療機関では「いつ、何がきっかけで、片側か、どの程度か」を丁寧に切り分けます。
診断は基本的に症状の聞き取りが中心ですが、客観的に確かめる方法として、シルマー試験(涙の量を測る検査)をしながら味覚刺激(レモンや咀嚼など)を加えて、刺激で涙が増えるかを見る手順が紹介されています。これに加えて、鼻涙管(涙の通り道)の詰まり、結膜炎やアレルギー、ドライアイ、まつげの当たり、角膜の傷など、涙が増える別の原因がないかも確認します。見た目が同じ「流涙」でも、原因が違うと治療が真逆になることがあるからです。
治療は、困り方の程度で現実的な選択肢が変わります。軽ければ「後遺症として起こり得る現象で、配線ミスが背景」という理解だけで、かなり気持ちが楽になる方もいます。一方で、外出や会話、仕事中の涙がつらい場合には治療対象になります。現在、よく用いられる選択肢として、涙腺へのボツリヌス毒素A(ボツリヌストキシン)注射が、症状を減らす方法として複数の報告で扱われています。味覚刺激時のシルマー試験で涙が減ったこと、効果発現が注射後24~48時間程度で、効果が数か月(報告によって4~5か月程度)続いたことなどが述べられています。近年のレビューや症例報告でも、ボツリヌス毒素の涙腺注射が主要な治療として位置づけられている整理があります。
副作用としては、まぶたが重くなる(眼瞼下垂が悪化する)など局所の影響が報告されることがあり、乾燥の強い方では「涙を減らす」ことが逆に不快になる場合もあるため、眼科での評価と調整が大切になります。
そのほか、抗コリン作用のある薬を局所的に使って涙腺の刺激を抑える考え方や、外科的な方法が検討されることもありますが、現在は「効果と安全性、調整のしやすさ」の面でボツリヌス毒素が現実的な中心になりやすい、という理解でよいと思います
受診の目安としては、食事のたびに涙があふれて生活に支障がある、片側の流涙が急に悪化した、目の痛み・充血・視力低下を伴う、まぶたが閉じにくく乾燥感が強い、こうした場合は眼科(必要に応じて耳鼻科・神経内科)で評価を受けるのが安全です。ワニの涙そのものは典型的には後遺症ですが、「別の原因の流涙が混ざっている」ことは珍しくないため、そこを一度整理できるだけでも対策が立てやすくなります。
改善する事はある?
あります。結論から言うと、神経の「配線ミス」そのものを自力で元に戻すのは難しい一方で、原因を切り分けると改善できる余地が出ることが多いですし、症状をかなり軽くできる治療もあります。
まず改善の余地が大きいのは「本当にワニの涙だけなのか」です。顔面神経麻痺後は、目が乾きやすくなって反射的に涙が増えることがあります。これが混ざっていると、食事の刺激に加えて乾燥でも涙が出やすくなり、結果的に「食事のたびに洪水」に見えます。この場合は、乾燥対策(人工涙液、軟膏、就寝時の保護、瞬きの補助など)で涙の量が目に見えて落ちることがあります。つまり、ワニの涙そのものが残っていても「困り方」が改善することがあります。
次にワニの涙そのものへの改善策です。よく効きやすいのは涙腺へのボツリヌス毒素(いわゆるボトックス)注射で、食事の刺激で出る涙を減らす目的で使われます。効果は永久ではないことが多いですが、効いた場合は生活上のストレスがかなり下がります。乾燥が強い方だと「減らしすぎ」が不快になることがあるので、眼科で乾燥の程度を見ながら量を調整するのが安全です。
「自然に良くなるか」については個人差があります。時間とともに気になりにくくなる方もいますが、長く残る方もいます。ただし残った場合でも、上のように原因を分けて対策すると体感は改善しやすいです。
自分でできる現実的な工夫もあります。食事前に目薬で表面を安定させる、辛い物や酸っぱい物など明らかに誘発が強いものは場面に応じて避ける、外食や仕事中は先に席や動線を決めて拭けるようにしておく、といった「困り方を減らす工夫」は意外と効きます。
受診先としては、まず眼科が実用的です。乾燥・角膜障害・涙の通り道の問題がないかを確認しつつ、ワニの涙が主因なら治療選択肢(ボツリヌス毒素など)を相談できます。顔のこわばりや口と目の連動(共同運動)が強い場合は、顔面神経の後遺症(共同運動)としてのケアも絡むので、耳鼻科や神経内科、顔面神経外来がある施設だと話が早いことがあります。
筋肉の緊張の緩和や毛細血管が増える事により改善する事は考えられる?
考えられます。ただし「どこが改善しているのか」を分けて考える必要があります。
ワニの涙(食事や咀嚼で片側の目だけ涙が出る)の中心的な仕組みは、顔面神経が回復するときに本来は唾液腺へ行くはずの自律神経線維が涙腺側へ迷い込む、いわゆる異常再生(配線の行き先違い)だと説明されます。なので、筋肉の緊張をほぐしたり、筋肉の毛細血管が増えたりすることだけで、その配線ミス自体が「元どおりに配線し直される」方向の改善は、一般には起こりにくいです。
一方で、あなたが挙げた「筋肉の緊張」は、別ルートで“涙が増えて見える・困り方が増える”ほうに関わり得ます。顔面神経麻痺の後遺症では、共同運動や眼輪筋の過緊張(こわばり)が起きることがあり、まばたきの質が落ちたり、まぶたの動きがぎこちなくなったりして、目の表面が乾いて反射性に涙が増えることがあります。これが混ざると、ワニの涙の「食事で増える涙」に上乗せが起きて、より派手に見えます。過緊張や共同運動がボツリヌス毒素で改善することがある、という整理もあります。
このタイプだと、緊張の緩和(リハビリ、マッサージ、温罨法、過度な力みを減らす練習など)で、乾燥由来の反射性の涙が減り、体感として「涙がマシ」になる可能性は十分あります。
毛細血管については、考え方として「血流が良い=神経や組織の状態が良い」は成り立ちますが、ワニの涙の本体である“自律神経線維の行き先違い”を、毛細血管増加が直接修正する、という期待は現実的には置きにくいです。もし改善が起きるとしたら、血流そのものよりも、時間経過の中で症状に慣れて気になりにくくなる、乾燥や炎症が落ち着いて反射性の涙が減る、といった「周辺要因の改善」として説明されることが多いです。
切り分けの目安があります。食事のとき“だけ”明確に増えて、普段は乾燥感やゴロゴロ感が少ないなら、ワニの涙成分が強めで、緊張緩和だけでは限界が出やすいです。その場合は涙腺へのボツリヌス毒素注射が症状を減らす方法としてよく使われます(効果は永続ではないことが多いですが、数か月単位で改善が期待される、という報告があります)。
逆に、普段から乾燥感・痛み・充血があったり、風やエアコン、画面作業でも涙が出やすいなら、乾燥や瞬目の質低下が混ざっている可能性があり、ここは緊張緩和や眼科的な乾燥対策で改善余地が大きいです。
超音波で筋肉表面から刺激をして筋肉・神経の緩和を狙うなら体表ではどのルートを狙うべき?
前提としてワニの涙そのものは「涙腺へ行くはずではない副交感神経線維が回復過程で迷い込む」という神経の配線の問題が中心なので、体表から筋肉や神経を緩めても、それだけでワニの涙が本質的に止まる方向にはつながりにくいです。ですが、顔面神経麻痺後にありがちな共同運動や過緊張が強い人では、目の表面が乾きやすくなって反射性の涙が上乗せされ、結果として「涙がひどく見える」ことがあります。この“上乗せ成分”を減らす目的なら、筋緊張を落とすアプローチが効く余地はあります。
体表で「ルート」として狙いが立てやすいのは、神経の本幹ではなく、過緊張・共同運動に関わる表情筋が集まるエリアです。顔面神経は耳の前(耳下腺の中)で大きく枝分かれしてから扇状に顔へ広がるので、体表で追うなら「枝が皮下を走って筋に入る帯」をイメージします。
こめかみから外眼角へ向かう帯は、眼輪筋の外側に関わる枝が走りやすく、食事や口の動きで目が連動しやすい人の“目のこわばり”が強く出やすいところです。ただし外眼角より内側、まぶたの縁に近いところは眼球が近く危険が増えるので、医療職の管理なしに超音波刺激を当てるとかなりリスクになります。
頬骨弓の下から下まぶた外側〜頬上部にかけての帯も、目と頬の連動に関わる枝と筋(眼輪筋の下方、頬骨筋群)が集まりやすい領域です。ここが硬い人は、笑う・噛む動作で目の周囲が引っ張られて違和感や乾燥が増え、涙が目立つことがあります。
頬の中央から上口唇の外側へ向かう帯は、頬筋や口輪筋、上唇周囲の筋に関わる枝が走りやすい場所で、食事動作のたびに口周りの収縮が目の収縮を誘発しているタイプでは、ここを“動かし過ぎない”方向に整えるほうが理屈として合います。ただし、ここを刺激しても涙腺の副交感の誤配線が直るわけではなく、「共同運動が減る」「力みが減って目が乾きにくい」方向の改善が狙いになります。
ワニの涙で関与する神経は?
ワニの涙で直接に関与するのは、顔面神経の中を走る副交感神経線維(涙を出す線維)です。顔面神経麻痺の回復過程で、この副交感線維が「本来は唾液腺へ行くはずの線維」と「涙腺へ行くはずの線維」で行き先を取り違えることが中心の考え方です。筋肉は原因そのものではありませんが、涙が目にたまる、外へこぼれる、乾いて反射で涙が増える、という見え方と困り方に強く関わります。
顔面神経のどの枝が涙腺に関わるか
起点は脳幹の上唾液核(副交感の中枢)です。ここから出た線維は顔面神経に入り、顔面神経の感覚・副交感成分(いわゆる中間神経)として内耳道から顔面神経管を進み、膝神経節(geniculate ganglion)を通過します。ここで涙腺へ行く副交感線維は大錐体神経(greater petrosal nerve)として分かれます。大錐体神経は深錐体神経(deep petrosal nerve、交感神経)と合流して翼突管神経(Vidian nerve)になり、翼口蓋神経節(pterygopalatine ganglion)で副交感線維がシナプスします。その後の線維は三叉神経の枝に“便乗”して涙腺へ届きます。具体的には上顎神経(V2)→頬骨神経(zygomatic nerve)→頬骨側頭枝(zygomaticotemporal branch)→交通枝で涙腺神経(lacrimal nerve、V1)へ乗り換え→涙腺、という経路が典型です。
つまり、涙腺そのものを動かす線維は顔面神経由来ですが、末梢ではV2とV1の枝を使って運ばれます。
味覚刺激が唾液腺へ行くはずの経路
同じ上唾液核から出る副交感線維でも、唾液腺(顎下腺・舌下腺)へ向かう線維は、膝神経節より先で鼓索神経(chorda tympani)として分かれます。鼓索神経は中耳を通り、舌神経(lingual nerve、V3)に合流し、顎下神経節(submandibular ganglion)でシナプスして顎下腺・舌下腺へ行きます。
同じ鼓索神経には味覚線維も含まれます。前2/3舌の味覚は鼓索神経で膝神経節へ入り、脳幹(孤束核など)へ上がって「唾液を出す」反射を強めます。
ワニの涙で起きる“取り違え”がどこで起こりやすいか
食事や味覚刺激で働くのは本来、鼓索神経系の唾液分泌の流れです。ところが顔面神経麻痺で神経線維が傷んだあと、再生するときに一部の副交感線維が目的地を間違え、涙腺側のルート(大錐体神経→翼口蓋神経節→涙腺)へ迷い込むと考えられます。これがあると、食事の信号が唾液ではなく涙として出てしまいます。
取り違えが起きる場所としては、顔面神経管内で枝分かれする近位部(膝神経節周辺や、鼓索神経と大錐体神経の“手前”の区間)をイメージすると理解しやすいです。そこは「涙腺へ行く線維」と「唾液腺へ行く線維」がまだ近接して走っていて、再生時の迷入が起こり得るからです。
涙の量そのものに関わる神経をもう少し厳密に分ける
涙を増やす主役は副交感神経(顔面神経由来)です。交感神経(上頸神経節→深錐体神経→翼突管神経→翼口蓋神経節を通過)は血管収縮などに関与し、涙の分泌量の主ドライバーは副交感ほど強くありません。
感覚入力としては三叉神経(V1)が重要です。角膜や結膜の刺激はV1で脳幹へ入り、反射性の涙(刺激で涙が増える)を起こします。顔面神経麻痺後はまばたき不全や乾燥で角膜刺激が増えやすく、ここから“反射性の涙”が上乗せされると、ワニの涙がより強く見えることがあります。
筋肉は何が関わるか
ワニの涙の原因は神経の副交感線維の誤配線ですが、涙が「外にこぼれるか」「目にたまるか」「乾いて反射で増えるか」「涙の通り道へ流れるか」は筋肉の影響が大きいです。特に関与が大きい筋肉は次です。
眼輪筋(orbicularis oculi、顔面神経支配)
まぶたを閉じる筋肉です。瞬目(まばたき)で涙を目の表面に広げ、同時に涙を涙点へ送り込む“涙のポンプ”としても働きます。眼輪筋の中でも内眼角寄りの線維(涙嚢部やいわゆるHorner筋/涙部に相当する働き)が涙嚢への吸い込みに関与します。麻痺で弱くなると、涙が鼻へ流れにくくなり、目にたまりやすく外へあふれやすくなります。回復期に過緊張や共同運動が出ると、瞬目が硬くなって目の表面が不安定になり、乾燥刺激が増えて反射性の涙が増える側にも振れます。
上眼瞼挙筋(levator palpebrae superioris、動眼神経支配)
顔面神経支配ではありませんが、まぶたの開閉バランスに関わります。顔面神経麻痺では閉じる側(眼輪筋)が弱くなるため、開く側との釣り合いが崩れ、閉瞼不全や乾燥が起きやすくなります。乾燥が強いと反射性の涙が増え、ワニの涙に重なって見えやすくなります。
ミュラー筋(上眼瞼板筋、交感神経支配)
これも顔面神経ではありませんが、開瞼の補助として働きます。乾燥や露出の問題を左右する要素として知っておくと整理がつきやすいです。
そのほか顔面神経の運動枝が支配する表情筋
口輪筋、頬筋、鼻筋、上唇鼻翼挙筋などが回復期に共同運動や過緊張を起こすと、食事や会話のときに眼輪筋が連動して収縮し、目の違和感や乾燥、涙のあふれやすさが増えることがあります。これはワニの涙の“発生スイッチ”ではなく、“こぼれ方の増幅”として効いてきます。
顔面神経の枝名として押さえると理解が早いところ
涙腺の分泌そのものは、大錐体神経(顔面神経の枝)→翼突管神経→翼口蓋神経節→V2(頬骨神経)→交通枝→V1(涙腺神経)→涙腺、です。
唾液腺は、鼓索神経(顔面神経の枝)→舌神経(V3)→顎下神経節→顎下腺・舌下腺、です。
ワニの涙は、この二つの副交感ルートの“取り違え”が核になります。
もし、食事で涙が出るのに加えて、普段から乾燥感やゴロゴロ感、風で涙が出る、画面作業でしみる、がある場合は、ワニの涙の要素に「瞬目の質低下や涙の排出不全(筋肉要素)」が上乗せされていることが多いです。この場合は、涙腺分泌を抑える治療だけでなく、眼表面の保護や瞬目の改善を一緒にやるほうが体感が良くなりやすいです。